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globe decade Blog
説明: ≪ライター紹介≫TM時代からの仲である藤井徹貫が、期間中globeについてアレコレ語ります。近況から昔の丸秘話まで、globeネタ盛りだくさんです!(プロフィールは下方にあります)
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globe decade Blog
音楽産業、音楽配信と着うたフルで何が変わる!?
Sat, 09 Apr 2005 22:17:00 -0400

前回のつづきをば。  結局、ぼくは行きました。TKがパネリストで出席したビジネス・セミナー。題して「音楽産業、音楽配信と着うたフルで何が変わる!?-われわれが望む音楽産業の明日-」。 堅いでしょ。堅いんですよ、内容も。そもそも出席者からして堅い、いや、偉いもん。モデレーターは山根一眞さん。知ってますか、『メタルカラーの時代』。山根さんの著書(週刊ポストの連載をまとめた書籍。同名連載は、現在600回を越え、なお継続中だって)。しかも、山根さんは2005愛知万博愛知県パビリオンプロデューサーも務めていらっしゃいます。  ところが、ぼくがそれより気になったのが「モデレーター」なる肩書き。なんじゃらほい?そこで隣の席の、会場で偶然会った旧知の友、ここでは頭文字のOK君としておきますが、彼に尋ねました。というのは、OK君は英語がペラペラ。しかも幼少期を海外で過ごしたらしく、ビジュアルはコテコテの日本人ですが、感覚はあちゃらに染まっとりやす。 「ねぇねぇ、ケンちゃん。この“モデレーター”って何さ」 「司会者」  あれ~相変わらず、そっけないのね。みたいな。 「でもさ、司会者はmaster of ceremonies略してMCちゃうの」 「それはパーティーとかの司会。こういう討論会の司会進行や会議の議長はmoderator」  心の中で、ぼくはつぶやきました。「勉強なりま~す」。  そうそう、パネリストのご紹介でしたね。(株)フジパシフィック音楽出版朝妻一郎代表取締役社長。オリコン(株)小池恒右代表取締役社長。(株)ポニーキャニオン佐藤修代表取締役社長。なんと社長三連発。そして、KDDI(株)執行役員高橋誠コンテンツ・メディア本部長。そこにTKです。  入場口でもらったチラシに目をやると、第33回MPAビジネス・セミナーって書いてありました。そこでまたもや…… 「ねぇねぇ、この“MPA”って何さ」 「知らないの?」  知ってりゃ訊かねぇ。でも、そうは言えないし。 「ごめんチャイナ。ちょっとオセアニア」  みたいなギャグがお嫌いだったのか、OK君はペンを取り出し、チラシにスラスラと、とても英語が堪能とは思えない字で書いてくれたのでした。MUSIC PUBLISHERS ASSOCIATION。 「わかる?」 「なんとなくね。あっ」  天は我を救い給うた。チラシの中に「主催:社団法人音楽出版社協会」の文字発見。 「これだ」  ぼくが指差すと、大きくうなずいたOK君が言いました。 「僕、そこの理事もやってんの」  で、名刺を見せてくれたけど、ぼくにはくれませんでした。きっと無駄だと思ったのでしょう。納得!(ギター侍の残念調の絶叫)  こんな状況を知る由もない、というか知りたくもないでしょうが、お歴々と共にTK登場。腹の虫が囁きます。ここで「よ、コムロ!待ってました!」とか声かけたら、お堅い場の空気が粉々になるから面白いかもと。しかし、当然そんな勇気はありません。芋虫のように丸くなり、耳をそばだてるのみ。わからない単語が出てきたら、隣のOK君に尋ねたり。  さてさて、パネル・ディスカッションですが、TKはもっと未来を語りたかったのではないでしょうか。というのは、現状認識というパネリストが共有する座標作りに時間がかかり(約1時間を費やしてました)、なかなか話題が未来に及ばないのでござるよ。それでも、TKの話がもっとも柔軟だったし、参加者(この場合は聴講者って言うのかしら)的にも、おいしいネタが散りばめてありました。思い出しますね、TKの昔の発言を。 「たとえ1対1の会話でも、それが取材のインタビューでも、基本的に喋りはエンタテイメントだと思うよ。話も表現だからね。相手によくわかると同時に、相手を楽しませる事も考えるよね」  それは面白可笑しい笑える話をするって意味じゃなくて、たとえば相手が他所に行き、会社の同僚でもいいんですけどね、ついつい「小室哲哉がこんな事を言ってたよ」みたいな、話したくなっちゃうネタを提供するって事ではないでしょうか。この日も、そういうおいしいネタが随所に出てきましたし。聞くところでは、定員180人の会場に収容できないくらいの応募者だったそうです。実際、当日の会場は席も増設してあったし。きっとそれだけの参加者のみなさんは、セミナーから帰って言ったと思いますよ、「今日さ、小室哲哉が言ってたんだけどさ」と。 たとえばCD黎明期の制作側からの苦労話とか。業界裏話になっちゃうから、ここでは許される範囲に自己規制しますけど(笑)。現在のi-podなどの携帯用プレイヤーに搭載されているシャッフル再生ですが、CD発売当初から意識していたって話だったり。なぜなら、CDプレイヤーにはランダム再生機能が常備されているから。その時点で、すでにアルバムの曲順や構成は、ひとつのサンプルや提案という感覚でやってきたとか。それほどアナログ盤からCDへの転換は大きかったが、配信はそれに匹敵する大転換だとか。確かにです。だって、着うたフルにしても、開始2ヵ月で260万ダウンロードらしいから。しかし、大方の意見としては、配信が普及しても、CDという形態はなくならないってところで一致してましたね。 もうひとつ報告するなら、TKは高音質である事が重要だと主張されていました。そこは時間の都合でやや説明不足の感も拭えませんでしたが、テレビも高画質になり、DVDもそこが売りのひとつだしね。もっと言うなら、低音質だと消えてしまう音、ノイズに埋もれてしまう音がある訳ですよ。そういうところに数値では語れない感情が息づいていたり、高音質であればあるほどボーカリストやプレイヤーの表現が忠実に再生される訳ですから。クリエイターというか表現者としては当然の主張でしょう。 ところが、別の意見もありました。「音質は現状まで向上していれば、もはやさして重要でない」と。なぜなら、ユーザーは聞き分けられないからとの事。一定水準をクリアーしていれば、それ以上望まなくてもいいのではみたいな。どうなんですかね。それって先日の新聞記事に載っていた──回転寿司ばかり食べている最近の客は、本当のカレイのえんがわの味を知らないから、本物を食べると美味くないって言う──という現象と似てるような。それでも、本当の味にこだわる店がやがて一流となり、それならと安い食材に走る一流店はやがて廃れるって事のような気もしますけど。やっぱりglobeのフルデジタルPAシステムの高音質は一目瞭然だったし。素直に気持ち良かったし。どうなんでしょうかね。音質現状肯定論は。ぼくのこのモヤモヤ、globeのコンサートに行った方なら、理解してもらえると思うですが。 「終わってから、てっちゃんのところに挨拶に行く?」  OK君がチラシの裏に走り書きました。時計を見ると、そろそろ終了予定時刻。 「きっと忙しいから、このまま帰る」  ぼくも走り書きました。  この伝言は、デジタルな未来を語るセミナー中なのに、なんとも古式な、アナログなコミュニケーションだなと、思うぼくでした。
特番収録現場の1コマ
Fri, 25 Feb 2005 22:30:00 -0500

TBS系 CS 3/5 21:00~23:00 地上波 3/22 25:55~26:59で放送されるglobe decadeの特番収録が行われやした。そのライブ・パートは、昨年12月24日に横浜BLITZで収録済みのため、今回はトーク・パートのみ。 「(視聴者の)みんなも聞き飽きてると思うよ」 収録前、モチベーションが上がりそうにないTKでした。KEIKOもMARCもうなずくみたいな、進行役としては…あ、そうそう、お三人のdecadeトークの聞き役はぼくが務めさせて頂きやした。ま、もう見飽きた顔が進行してもねって事もあったのでしょうが(涙)、進行役としては暗雲立ち込める収録前でございました。  ところがどっこいしょ。いざ、話し始めたら、語りつくせぬdecadeがわきいずるではありませんか。つまりは、先の発言はですね、同じKEIKOのオーディション話にしても、みなさんが知らないだろう話をなるべくしようって事だったみたい。「その話、私も最近聞いたんだよ」と、KEIKOが突っ込みを入れる話題とか、MARCが「俺、聞いてないよ」って話だの、「そこまで言っちゃっても大丈夫っすか、TK」と、ぼくが心配しちゃうネタ等々、出るわ出るわ。しかも、途中から、KEIKOとMARCはビール飲み始めちゃうし。ですから、お楽しみ。  あ、でも、2時間以上のトークから、エキスが抽出され、放送されるんですもんね。どこまで使えるかは、ぼく責任持てまへん。ただ、一通り放送が終わったら、あの収録VTRをどうにか手に入れるよう奔走し、こぼれ話をひとつでもふたつでも紹介できるよう、一応は頑張ってみますので。そのためにも、放送を見といてくださいよ。でも、きっとぼく、ほとんど映ってないんだろうな。いいけどねっ。  その収録が終わったら、次はファンクラブ会報house of globeのインタビュー。お題は“ツアーを振り返る”。ところがどんぶらこっこと、話はあらぬ方向へ。相当マニアックな領域まで侵入。TK&KEIKOのレコーディング秘話とか。MARCがGVDを斬ったり(笑)。TKは専門書を見せてくれながら、解説してくれるし。そのインタビューを聞いていた会報編集スタッフが「文字量は決めませんから、もう書けるだけ書いちゃってください」と言い出すし。書けるだけ書いたら、会報1冊じゃ終わらないかもよ。頑張りますけど。  しかも、インタビュー中、TKが言いました。音楽配信についての話題になった時です。 「その話はここじゃできないね」 「は?じゃ、どこでするの」  ありがたい事にKEIKOが突っ込んでくれました。39!そこでTKは、日にちと場所をぼくに告げ、こう続けました。 「そこに来たら、すべてわかるよ」  詳しくうかがうと、なんでも音楽配信についての持論をTKが講演するらしいのですな。その現状や可能性等々を。それってきっとお堅い話ですよね……。 「そりゃ行かなくちゃ」  あれれ?KEIKOまでも。おまけに満面の笑み。でも、絶対に激真面目な場所ですよね……。ぼく窒息するかも。どうしよう? さて、ぼくは行くのでしょうか、行かないのでしょうか。行ったとしても、あまりのお堅い空気に卒倒するのでしょうか。この顛末は次回ご報告。お楽しみに。
一言お願いしました
Sat, 12 Feb 2005 16:00:00 -0500

さ、書くです。ブログです。ぼくの住まいはブクロです。  去年の話になっちゃいますが、東京国際フォーラム公演2日目でしたかな。客席にTKと親しいお方の顔がありました。TM NETWORKの木根尚登さんと、TKを師と慕う浅倉大介さんです。当日ではありませんが、お二人に感想をうかがいました。 木根さんは開口一番こうおっしゃいました。 「僕だけが思ってる事かもしれないけど、僕の中では自分とMARCが重なるんだよ」  この言葉を聞いた時、ちょっとびっくりでやんした。なぜなら、TKが今回のツアー中にこう言った事があったからです。 「わかってくれる人はいないかもしれないけど、ビジュアルとかの問題じゃなくてさ、僕におけるその人の存在感というのかな、その点では木根とMARCは被ってるんだよね」  この点について、MARCはどう思っているのか、いつか尋ねたいとも思ってますが。とにかく共に年月を重ねるとは、こういう事なのかなと思っちゃいましたね。その木根さんの感想の続きは……。 「MARCがアコギを弾き始めたのは絶対プラスになる。楽器を通して音楽を見れるようになるからね。そうしたら新たな世界も拓けるから。是非このまま続けてもらいたいよね。ここから10年続けたら、20周年の時には、さらに成長したMARCになってると思うし。MARCに会ったら、そう伝えてよ。あ、ジョニーに会ったら、2時間待ってたと伝えといてね(笑)」  今年のNHKホールの楽屋、確かにお伝えしました。木根さんの見解はスバリだったようで、MARCもアコースティックギターは弾き続けたいとの事。 「確かに新しい発想が出てくるみたい。ソロの245にしても、自分がアコギを弾く事でね、ドラムやベースを入れたバンド・スタイルもありだなって思うようなったし。発想の幅が広がったのかな」  そんな話を聞くと、globeでのMARCにも新たな変革が起きそうな期待がふくらみますよね。  そして、大ちゃんはこんな事を言ってました。 「音のクオリティーにはびっくり。音楽のクリエイターなら誰でも惹かれますよ、あれは。ボクもできるなら、フルデジタルシステムのライブやってみたいですね。コンサート全体としてはすごくスタイリッシュな印象でした」  で、今年になり、NHKホールでの追加公演2日目には、TM NETWORKの宇都宮隆さんもいらっしゃってました。お話をうかがうと……。 「KEIKOちゃん、頑張ってるね」  やはりボーカリストはボーカリストを見極めるって事でしょうか。いやいや、それ以上の思いもあるような。ライブ中にリミックスするTKですが、ぼくらオーディエンスが思う以上に、それに合わせて歌うのは至難の技との事であります。それもうなずけます、毎回違うオケというか、違うアレンジで歌うようなものだから。リズムをキープするためのキックやハイハットがいきなり消えたり、音程をキープするための和音楽器がいきなりいなくなると、ぼくら聞いてる側にしたらカッケェ!と思うのですが、歌う側にしたら安定したボーカルを維持するためには高等技術を駆使する訳ですよね。この経験を持つのは、日本では(世界でも?)KEIKOと宇都宮さんだけでしょう。つまり、同じ経験を持つからこそ、他人には計れない頑張りを実感するとの事でした。これ以外にもTK楽曲を歌う際、お二人にはお二人だけの共通点があるとの事。以前、KEIKOがその点について語ってくれた事があったので、またいつか詳しく書きましょう。
踊る人 [下巻]
Fri, 04 Feb 2005 20:13:00 -0500

 追加公演最終日の大阪フェスティバルホール。当日のリハーサルが終わっても、TKだけがステージに残り、アレコレ新しい音作りを続けていました。当然、その日の演奏に反映される訳です。初日だろうが、最終日だろうが、音に触れてしまうと、止まらなくなるのは、致し方ないのでしょうね。 いろいろな現場の取材に行くと、いろいろな噂や裏話を耳にします。ぼくの場合、幸運にも直接お仕事をした事はありませんが、「音なんか出てりゃいい。タレント本人が板(舞台)に乗っていれば、お客は満足なんだから」と、おっしゃるお偉いさんもいるとか。そういう時代もあったでしょう。否定しません。そういうコンサートもあるのでしょう。ぼくは好きじゃないけど。きっとそういう方々には、この日の、あの光景は理解しがたいのでしょうか。TKは「音中毒の象徴的な場面だよ」と、軽く笑いましたが……。  そのTKが望んだ今回のフルデジタル音響システム。ダンスなグルーヴを持つ音楽ほど威力を発揮するのかな。ロックバンドのライブも、これで聞いてみたいと思うのは、ぼくだけじゃないでしょう。実は、早くも某アーティストのコンサートへの導入が計画されているそうですよ。“某”なんて思わせぶりですが、ぼくが全然接点のない方なので、実名は控えさせてくださいませ。でも、もしもフルデジタルシステムを駆動させるなら、どういう使い方なのか、是非見学させていただきたいと思うのですけど。 ま、それはともかく、今回のツアーは10年を振り返りつつも、日本の音楽業界に新たな一石を投じる事ができたのではないでしょうか。そして、近い将来、先のお偉いさん的感覚で作られるコンサートと、音楽的向上心を持つコンサートの境界線になるかもしれませんね、このシステムを採用しているか否かがね。  TKは言いました。 「実際に使ってみると、ノウハウが蓄積できるからね。もしも生楽器主体のコンサートで使うなら、こうしたほうがいいよってアドバイスはできるよ」  言うなら、これって科学者が自分の実験データを公開するようなものですよね。マジシャンが独自開発したネタを伝授したり。それを惜しいとは思わないんですよ、TKは。 ぼくの記憶では、89年末から行われたTK初のソロ・コンサート直後にも、似たような状況がありました。あの時は、シンクラビアというハードディスク・サンプラーのようなイクイップメントをライブで使っていました。もちろん、日本では前例がありません。ですから、音楽的好奇心の強いクリエイターなら、興味があって当然。で、某アーティストから対談の申し込みがあったそうです。その頃の記憶ですが……。 「いきなりの企画だね。きっとシンクラビアの事が聞きたいんだよ。だったら、スタッフの方も一緒にきてくれたら、ちゃんと説明できるのに」  全然イヤミとかじゃなくて、すこぶる平然と言うTKが印象に残っています。ま、この話も、“某”のところを実名で書ければ、もっとわかりやすいのですが、ごめんなさい。でも、わかってもらえますか、TKの情報公開気質が。 これは常々TKが言っている、「イノベーターでありたい」という点を深く関わっているように思いますね。ちなみに対談は実現しなかったのかな。そのあたりに詳しい事情は、忘れましたが。いつか確認しておきます。  きっとフルデジタルのPAシステムにしても、ゆくゆく音楽業界のスタンダードになるでしょう。また、サンプラーやハードディスクを駆使するコンサートも、今じゃ完全にスタンダード。その意味では、TKはイノベーター(革新者)であり続けていると言えるのでは。当然、転調を駆使する楽曲作りも、革新者はTK。あるいは「TKプログレッション」と言ってもいいような、特定のコード進行もまた、さまざまなヒット曲に応用されています。もしも、コード進行に著作権があったら、今頃TKはオアフ島を買い取っていたかもみたいな。そして、キック4つ打ちのダンス・グルーヴをJ-POPシーンでスタンダードにしたのも、誰でもないTKです。  最終日の大阪フェスティバルホールでも、そのキックが爆裂!PA卓に陣取っていた石坂もビックリの激音。その音圧のすさまじさに、MARCのイヤホーン・モニターが耳の穴から飛び出した(笑)とか。でも、客席は火の海、熱気の渦。不思議ですよ、あのキックがド・ド・ド・ドとくると、胸躍るのは。ぼくは踊る人でもダンサーでもないけど、燃えるものあるもんね。 「アンコールで「still growin’ up」やってるよね。シンセで始まってから、キックが入ってくるでしょ。あのキックは日本最大級(の音量)。あれ単純な比較だと、工事現場レベルだと思うよ。でも、うるさいって感じない。喜んでもらえてる訳だよね。そこが音楽の不思議さだし。ライブでしか体感できない迫力だね」  確かに。あれだけの音量、音圧、音質で、あれだけのキックを聞かせてくれるのはTKだけ。ダンスのDNAを日本中に埋め込んだと言いましょうか、踊る人がいるコンサート風景を標準にしたのも、やはりTKなんですよ。  最終日終演後もTKはキック乱れ撃ち。前回も書いたとおり、TK DJ TIME!KEIKOは激踊り。翌日、東京で仕事のあったぼくは、早々にホテルに戻りましたが、それでも午前1時すぎ。で、5時半に起き、6時59分発ののぞみに乗るべく、新大阪駅へ。そこで思わぬ光景を目撃したのでした。 な、な、なんと、朝っぱらから、駅構内で「踊る人」がいてはるやおまへんか。さすが大阪、グルーヴィーな街やね、と思ったのも束の間。見覚えのあるお顔。そしてお姿。ヘアメイク・アシスタントの小出ちゃんやんけ。聞けば、5時前まで踊ってたとか。おそるべし、DJ-TK。おそるべし、Kickマジック。
踊る人 [中巻]
Thu, 03 Feb 2005 20:37:00 -0500

 最終日の大阪フェスティバルホール公演を見つつ、ぼくは思いました。単純な事ですが、KEIKOはやはり特別、もしくは特異と言ってもいいのかもしれませんが、この10年間の音楽シーンにおいて独自の道を開拓してきたシンガーだなと。その道は「KEIKO道」と評しても許されるのではないでしょうかね。  楽をして功なり名を遂げたシンガーやボーカリストはいません。状況や環境と戦いながら、ある意味身を削り歌っています。KEIKOもそう。そこは共通点。ただし、KEIKOの場合は、やはり特別な気がします。  なぜなら、ダンス・グルーヴを柱にしたglobeにいながら、踊る人ではなく歌う人の道を貫いているからです。たとえばですけど、ライブでダンサーと共演する道もあったでしょう。コリオグラファーに振り付けてもらうなり、サビ頭にワン・ポイントのアクションを考えてもらう道も選択肢のひとつだったはずです。彼女が拒否したのか、そうしない事がTKの意向だったのか、原因はいつか尋ねてみるにしても、結果としては、10年経とうとしている今、改めてKEIKOの歌う事への執着心が浮き彫りになっていたのではないでしょうか。  この10年のJ-POPを見ると、女性ボーカルにおけるいくつかの傾向があります。ひとつはDANCE型。ひとつは楽器演奏型。ひとつはR&B型。ひとつは陶酔歌唱型。おおよそこんなところでしょうか。で、もうおわかりでしょう。KEIKOはどこにも属していません。間違いなく、この10年を代表する女性ボーカリストであるにも関わらず、彼女はやはり独自の道、つまりKEIKO道を来たのです。  ただ、KEIKO道なるものがあるとしても、それはひたすら歌うだけではありません。いくつもの技、あえてそう言いますが、その複合体なのであります。必ず一本背負いで勝負を決めようとする女性柔道家いたとしましょう。彼女は、フィニッシュに至るため、足技も組み手も、吊り技もフェイントも、押し引きも駆使するはず。そして、最後はいつもの一本背負。だから、観客にはいくつも一本背負いの印象が強烈に残る訳で。KEIKOも歌っている印象が強烈に残りますが、さまざまな技を駆使しています。ここが10年の証明でもありますね。  たとえば、コンサートをご覧になった方なら、お気づきでしょうが、歌っていない時のKEIKOは、ときどき球体スクリーン前まで下がり、闇に紛れる事がありました。たいていは、MARCのラップか、TKソロの時です。つまり、彼女はそこにいながにして、オーディエンスの注目を他に譲る、あるいは移す技を持っているのです。闇の中でも、彼女は常にリズムを感じ、まるでハミングでもするかのように体を動かしています。完全休憩では、もちろんありません。言うなれば、存在感の発散量をコントロールしているのです。  ソロ・ボーカリストには、絶対にできない事です。また、ユニットの女性ボーカルでも、きっと無理でしょう。なぜなら、TKという大きな存在と、MARCのラップという確固たる役割分担があるglobeゆえに、身についた技だから。また、00年頃のソロ活動も大いに役立っていると思うのですが。  もうひとつ技は、トランスとのつきあい方。これはコンサート終盤で顕著でした。01年12月のNKホールや02年6月の武道館ライブの経験から得たものが大きいのかも。あの頃のKEIKOは、トランスのリズムを自分が体現しなくちゃ、という思いが強かったように思います。それはそれで鬼気迫るものがあった訳ですが、あれでは壊れちゃいます。  だって、いわゆる歌って踊るシンガー達は、専門のコリオグラファーが歌っても踊れる(踊っても歌える?)振付けを考え、バック・ダンサーを従える事により本人も踊っている印象を与え、踊る曲と踊らない曲の構成もあるから、壊れない訳でね。あのNHと武道館は、KEIKOの根性と気合の結晶。それもツアーでなく、スペシャルだから可能だったのではないでしょうか。そのような経験を持つボーカリストはKEIKOだけだし、ここまで強烈なグルーヴの中で歌っているボーカリストも限りなく限られますから。  挙げれば切がなくなるから、あとひとつにしますが、技と言えるかどうか……。しかし、KEIKO道を語るには不可避な1点であります。それはときどき見せるコミカルさ。いつどのタイミングで飛び出すかは決まってませんが、毎公演最低でも1回は出会いますね。彼女のお笑い好きの血というか、サービス精神がそうさせるのかもしれませんが。笑いを狙ってるのではないでしょうが、緊張感の中、なごみがいきなり投げ込まれる感覚です。 99年のRelation Tour大阪城ホールでした。あの緻密な構成、空母のようなステージの上、満員の客席を前に、なんと“坂田師匠歩き”をぶっ放したのを目撃した時、それまで封印されていた何かが解き放たれるのも見た気持ちになったのを思い出します。今となれば、あの瞬間にもKEIKOはKEIKO道をまた一歩築き上げていたのでしょう。今回のツアーでも、武田鉄矢が髪を耳にかける仕草をしながら歌った瞬間もありました。そんな女性ボーカル、他にいないでしょ。  そのKEIKOが歌わず、踊っていました。最終日の大阪フェスティバルホール公演のあとです。市内某所のお店を貸切にし、行われたツアー打ち上げ。お店に常設されているDJブースにTKが入り、トランスをかけまくり。KEIKOはひたすらに「踊る人」となったのでした。
踊る人 [上巻]
Wed, 02 Feb 2005 15:43:00 -0500

 1月25日、ツアーが無事終了。最終公演地が大阪だけに、浪花なくとも、エブリのバディ、おつかれさまでした。  最終公演をみながら、やはり甦る光景がいくつもありやした。decadeだったり、TKが今回のツアーについて初めて語ってくれた昨年9.11からの約4ヵ月間だったり、当日だったりの断片が目覚めてしまいました。当然、それはぼくだけじゃなくて……。  アンコールのラス曲「Is this love」の時です。舞台下手袖に場所を移すと、スタイリストの大久保篤志さんもいらっしゃいました。 「甦っちゃったよ、この曲聞いてたら」  ビデオクリップ撮影日の、あの美しい映像からは想像でもない過酷な光景が心の小さなスクリーンに映し出されたようです。優雅さの裏には過酷さありは世の常でしょうか。たとえば、19世紀フランスのブルジョワ婦人達の優雅なファッション。その内側には、肋骨を変形させるほど締め上げたコルセットがあったわけだし。日本の十二単にしても、重量13キロ以上とも言うじゃないですか。あ、また脱線しかけましたが。大久保さんいわく。 「あの頃とも現場スタッフの顔ぶれが随分変わったな……。あの撮影を知ってるのは、もう(TK、KEIKO、MARCの)3人と俺だけになっちゃったし」  大久保さんはglobeお披露目の、95年TK DANCE CAMPでの、あの白いレザー衣装も担当。その意味では、globe decadeの目撃者でもありますね。できれば、じっくりお話を聞かせてもらいたいな。ま、僕がなんとなく知ってるだけでも、隔週でロスに通ってた時期があったりね。当時、大久保さんが搭乗すると、「本日もありがとうございます」とか、女性客室乗務員が三つ指をついてお出迎えしていたとか(大げさに書いてますけどね)。 「なぜ真夏にレザーだって思ったかもしれないけど、小室さんと話した時から、俺の中にあのイメージが貼りついてたんだよ。これしかないって」  確かに、あの時の衣装は、「山田屋の桂子ちゃん」が「globeのKEIKO」になる門出の白無垢にも思えたし。長身のMARCは、サイボーグっぽく見えて、カッコ良かったな~。脚も長いし。TKは、抱えていたキーボードの赤とのコントラストが鮮烈でした。  そのDANCE CAMPでも数万人が踊りました。ダンス・カルチャーがまだまだ浸透していなかった時代でしたから、あの場で踊る楽しさに目覚めた人達もいたでしょう。そして、デビュー10周年への助走でもある、今回のツアーもまた、「踊る」を抜きには語れません。  あれは、追加公演初日の1月20日でした。場所はNHKと渋谷公会堂の交差点あたり。時刻は3時半頃。NHKホールの楽屋を覗き、別件仕事のため、一旦外出した時です。3人組の女の子が目に入りました。中のひとりが両手を掲げ、交互に上下に動かしています。そうです、今回のツアーをご覧になったみなさんなら察しがつくでしょう。MARC踊りです。それが微笑ましいというか、かわいらしいというか、思わず頬が緩みました。  本当はね、ちょっと立ち止まり、尋ねてみたかった事があったんですよ。でもね、見知らぬおやじにいきなり声かけらてもね、ヤだろうなと思い、自重しました。尋ねたかったのは、コンサート中MARCしか目に入らないほどのMARCファンなの?って事。だったら、路上でのMARC DANCEも当然ちゃあ当然。だけど、ぼくは違うような気がしたから。今回のツアーを何回もみせてもらった結論として、そうじゃなくても、そうしたくなる人がいっぱいいるんじゃないかなと、踊る彼女の背中を見つつ、思っちゃったから。それほどMARCの存在感が大きかったって事。  コンサート終盤、トランス色を強めるあたりから、MARC踊りが爆裂。毎終演後、頚椎(けいつい)をアイシングするほどでしたから。まさに渾身の、玉砕覚悟のライブ・パフォーマンスだったのでしょう。ある音楽業界人の方は言いました。 「どんな有名な、どんな上手いダンサーを連れてきても、あのMARC以上に客を熱くするダンスはできないね」  もちろん、MARCの存在感は、この踊りに尽きる訳ではありません。そこはいつかチャンスがあれば、細かく書きたいと思いますが、尽きる訳ではないけれど、集約されているとも言えるでしょう。日本には、それを言い表す言葉があります。一事が万事。ベテラン・シンガーソングライターのO.Kさんは、以前に一度だけインタビューさせてもらった時、こう言われました。「本質はディテール(細部)に出るものだ」と。  大阪公演も、当然その前のNHKホールも、それより前の東京国際フォーラムも、それ以外の場所も、客席がMARC DANCE一色になる瞬間がありました。ロックなら観客は拳を突き上げますよね。J-POPコンサートで一般的なのは、観客が両手を捧げるように振るアクションですか。ヘッドバンキングやダイブも市民権を得てます。だけど、よくよく考えると、そのどれもglobeの音楽には、フィットしてないのかも。だから、MARCはあれを編み出したというか、MARCのあれがハマッたのでしょう。踊る人、汝の名は、MARC。
「OVER THE RAINBOW」にまつわるエトセトラ Ⅱ
Mon, 31 Jan 2005 12:11:00 -0500

 昨日は、“北京で出会った、気功の達人による荒業がきっかけだろうか、TKがちょっと不思議な感覚にみまわれるようになった”というくだりまで書きました。なので、続きをば。早速まいりましょう。 TM NETWORKの裏側を、木根尚登さんが著した『続・電気じかけの預言者たち』には、その不思議な感覚がおおよそ以下のようにつづられています。荒業を受けた事を語るTKに、木根さんが尋ねます。「気」というか、「魂」を抜かれたんだから、気絶したのかと。すると、TKかく語りき。一瞬だけど、ガクンという衝撃があったと。そして、「以来、体と心が微妙にズレてるみたい」との事。スタジオでキーボードを弾いてるのに、意識が体を離れ、キッチンの冷蔵庫を開けてる事があったみたいですな。ちなみに木根さんの『続・電気じかけの預言者たち』に続く、シリーズ3弾『真・電気~』は、日本図書館協会選定図書に認定されてんですね。こっちにもTKとKEIKOの記述が登場してます、はい。 さて、TKの不思議な感覚ですが、ぼくの勝手な想像では、くだんの荒業により身についたのではなく、覚醒したのではないでしょうか。もともと種があり、荒業により、芽吹いたっていうか。  というのは、ぼくが直接聞いただけでも、他にもいくつか、以前からTKには不思議な出来事が起こっていますから。たとえば小学校時代。ある日、見知らぬ男から、突然街で名を尋ねられたそうです。小室少年は、さしたる疑問もなく、「コムロテツヤです」と答えました。男は、さらに尋ねます。その名は漢字でどう書くか。再び、小室少年が答えます。すると、男は、少年宅へ連れて行ってくれないかと言い出しました。少年TKが、男を自宅まで連れ帰ると、男はTKの母上に言ったそうです。「この子は将来、とんでもない成功を収める星のもとに生まれてる」と。  もうひとつ忘れられないのは、89年12月から始まった、TK初のソロ・コンサート・ツアー「Digitalian is eating breakfast」での事。場所は、横浜アリーナ。このツアーでは、同会場で4回ほど公演を行っていますが、それは初回の12月24日だったでしょうか(申し訳ない。日付の記憶は曖昧です)。MCでTKが言いました。高校時代、武道館でアルバイトした事があると。海外アーティストの来日公演のパンフレットを販売した事があるそうです。ただ、本番中は暇だから、扉を開け、こっそりコンサートを覗き見していたと。そうした背景を話してから……。「あの時の僕が、今日もあそこから見ている気がします」。そう言いながら、横アリの客席最後尾の扉方向を指差しました。ロマンチックなDNAが乏しいぼくですら、TKのこのMCには、グッときました。これもTK独特の感性だろうけど、もしかしたらTKは演奏中ホントに見たのかもしれません。横アリ最後尾の扉をこっそり開け、ステージ上にいる自分を覗き見している自分を。それはまさに木根さんが書いている、TK不思議体験と同じではないですか。あ、TKソロ・ツアーの事を書いたら思い出したけど、TKソロ・アルバム『Digitalian is eating breakfast』は、今でも好きな1枚なんですよ。いつかTKのボーカルについても書きたいな。  でね、北京での荒行により、芽吹いた感覚が花開いたのが、『Lights2』のフランス・レコーディングだったのかもしれないなと、思うしだいでありまして。思えば、北京(中国)とフランスもつながりが深いでしょ。周恩来とかの、かつての革命家達は、フランスで学んでる訳だから。とにかくTK的にもフランスがポイントじゃないでしょうかね。88年にTKがロンドンに住んでいた頃。フランスにちょっと遊びに行ったって話を聞いた事がありまして。「理由もなく自分との相性の良さを感じたんだよね」とか。「本当にわずかな時間の印象だけど、フランスはシンセサイザーの音が多かったような」とも聞きました。この直感もやがて現実につながって行く訳ですよ。いや、マジ不思議ッス。98年のサッカーW杯フランス大会公式アルバム参加やエッフェル塔前広場でのコンサート出演とか。そして、フランスでの不思議力の開花へもつながると。  ですから、「OVER THE RAINBOW」を聞くたび、ぼくはTKの不思議さを感じるのです。TKのそれが音の底というか、隙間というか、裏側に流れているような。みなさんもそんな事も思いつつ、聞き直してみませんか。新たな波動を感じるかもしれませんよ。「OVER THE RAINBOW」のレコーディング直後、3人がフランスの空に虹を見たのも、偶然なんて言葉では、簡単に片づけられないような気もしてきます。
「OVER THE RAINBOW」にまつわるエトセトラ Ⅰ
Thu, 20 Jan 2005 16:17:00 -0500

 「手当」という言葉があります。頭に「お」をつけちゃうと、なんか妙な光景を想像するのは僕だけでしょうかね。 この言葉の意味はいろいろですが、僕がここで言いたいのは、ケガや病気の処置の事。語源は、広く知られているとおり、薬などがなかった昔、患部に掌を当てて治していた事に由来するそうです。  まさにその様子を、ツアー中に目撃しました。開演前のリハーサル時でした。ステージの上。トコトコっとTKに近づくKEIKO。二言三言話すと、TKが掌をKEIKOの喉にあてがいました。そのまましばし動かず。KEIKOの喉が調子悪かったのでしょう。まさに「手当」であります。 MARCはカツGとギターの打ち合わせ、照明や音響のスタッフも走り回る、喧騒の中です。TKとKEIKOだけが静寂という名の湖のほとりにたたずむような。その時、ライトの具合かもしれませんが、二人の向こう側に虹が見えた気がしました。これまさにOVER THE RAINBOWというか。  あれは「OVER THE RAINBOW」をレコーディングした、フランスでの出来事だったと記憶しております。アルバムで言うと、『Lights2』ですが。KEIKOが大風邪をひいたそうで。アルバム完成直後に話を聞かせてもらった時かな。「1曲のボーカルを録る間に、ティッシュ1箱使っちゃった」と、冗談まじりに言ってたのを覚えています。その時でした。「喉にTKの掌を当ててもらうと、不思議な事に声が甦った」とも聞きました。  普段なら、にわかに信じられない現象ですよね。だけど、僕、他でも同じ体験談を聞いた事があったものですから。ご本人の了解を得ていないから、ここでは頭文字にしますけど、超有名バンドTのボーカルの方が言ってました。もう10年、いやいや、15年くらい前かな。やはりレコーディング中に喉の具合が悪くなった時、超能力者と言われる人に「手当」してもらったって。それが偶然にもTKと同じだったんですよ。掌を喉に当て、しばし念じるみたいな。だから、KEIKOの話を、素直に聞く事ができました。あ、TKが超能力者か否かは別問題ですけどね。そういう現象もあり得るだろうって意味でね。  同フランス・レコーディングの時ですよね。TKが手を触れずにコップやペンを動かしたのは。KEIKOも目撃したそうだし。確か確か、MARCは当時こう言ってたような。「その手の事は信じないけど、見ちゃったからね。どう理解しようか、困ってる」みたいな。同行スタッフの見ているそうですよ。そうした力を、TKは「気」と言います。  日本的思考だと、目に見えない「気」は、伝説上の力ってところでしょうか。だけど、中国では、常識的能力なんですよ。この違いは、日本にいるだけでは、実感できないでしょ。事実、僕もできませんでした。だけど、何回も北京に行ったり、あちらの一般庶民の生活の中に入ると、「気」を疑う人は誰もいませんから。その「気」は、生活のあらゆる場面と深く関わっているし。たとえば食事とかも。驚くところでは、ベッドの置き方とかも。冷気は足の裏から体内に入ると言われているらしく、そうならないような配置でベッドを置かなくちゃいけないそうです。また、日本のテレビでもおなじみの、中国の早朝風景。公園などで太極拳をする老若男女を見るでしょ。あれも「気」を体内に蓄えるためにやっているとか。中国市民の中に「気」は息づいていますね、確実にね。  中国がらみで、もうひとつ。北京にある紫禁城。完成までに15年を費やした、明と清の皇帝の城です。観光名所でもありますから、世界各国の人達も訪れます。僕も行きました。その時です。英語を喋る、見るからに観光客の若い女性2人組。金髪に青い目。日本なら、間違いなく、必要以上に親切にされるでしょう。だけど、彼女らは、入場券をどこで買うのかがわからないらしく、ウロウロしています。近くにいた係員風の男性に英語で尋ねても、日本ほどチヤホヤされてませんでした。島国的な僕としたら、もすこし丁寧な対応もあるんじゃないの、とか思ったりしてね。 結局、彼女らは、あからさまに英語で怒り出しちゃうし。すると、先の男性が足もとの石をガンと踏みつけ、中国語でなにやら一言発したのですよ。その言い放った様が、まるで芝居のようだった事もあり、僕は興味がわき、細君に尋ねました。「あの男、今、何言ったの?」。細君が通訳してくれました。「文句を言うな。この(足もとの)石1枚、お前らの国が生まれる前からここにあるんだ」と。その態度がいいとか悪いとかは別にしてですね、衝撃的なほど感じましたね。中国に生まれた者のプライドの高さを。この紫禁城事件(笑)と、生活の中に生きる「気」が僕にこう語りかけるのです。畏れよ、そこはいまだ龍が生きている国だ。  その国随一の気功の達人と、TKは会った事があります。あれは日中国交正常化25周年記念公演TK PRESENTS「GROOVE MUSEUM」のプロモーション時だったのかな。その様子は、テレビでも放送されたし。覚えている方もいらっしゃるでしょう。北京を訪れたTKの前に現われた怪しげな男ひとり。さまざまな気功技を披露。グルグル回転しながら文字を書くとか。ま、そのビデオを見る限り、僕にはそれと気功がどう関係があるのか、いまいち掴めませんでしたが。  達人は、さらにTKの「気」を……この場合は、もしかしたら「魂」という表現のほうが適切なのかもしれませんが……一旦身体から抜き、また戻すという荒業も披露したと言います。ここが日本人には、なかなか実感じづらいところでしょ。そんな非科学的な、と思いがちだし。だけど、あちらは本気かつ真剣。だって、国家主席ですら、「気」の治療を受けると言われる国だからね。僕なんか、北京で体調を崩した時に行った漢方院では、威圧感のあるおばさんが脈を取っただけで、薬を配合してくれるんだから。そのおばさんもまた相当な「気」の達人だって話でした。全然違う話になっちゃいますが、中国のこうしたところも真剣に理解していないと、対中外交は円滑に進まないと思いますよ。  どうやら、その荒業からだそうです、TKがちょっと不思議な感覚にみまわれるようになったのは。さて、その不思議な感覚とは……。つづきは明日。お楽しみに。
TKは詩人である
Fri, 14 Jan 2005 18:41:00 -0500

 KEIKOは言います。「TKは詩人だ」と。  オーディションで出会ったばかりの頃(オーディションの時だったかもしれませんが)、KEIKOは言ったそうです。「コムロさんの詞が好きです」と。もっと正確に彼女の心情を書くなら、「メロディやサウンドはもちろんですが」という前置きが入るのでしょう。 だから、KEIKOはデビュー当時から1曲の詞が届くたび、そこに潜む真意を、女性像を手探りで求めたのだと思います。KEIKOのこんな言葉も耳に残っています。 「どうして8回目なのか、何度も何度も詞を見直しては考えた」  そうです、「Joy to the love」の歌詞です。  KEIKOが考えに考えた答えを知りたいと思うでしょうが、それを尋ねるのは野暮。なぜなら、彼女の答えは、彼女の歌の中に刻まれているはずだから。KEIKOが直接TKに尋ねず、自分で答えを出したように、ぼくらもKEIKOの歌から自力で答えを導くべきなのです。少なくともぼくはそう思うから、KEIKOに答えを尋ねませんでした。  昨年12月の事。普段は、ふるさとの山口県で暮らす兄が、アメリカに研修に発つ前夜に会いました。いつしか非常にマニアックな70年代音楽談義へ。遠藤賢司の「踊ろよベイビー」での高中正義のギターは秀逸だったとか。あの曲のあそこのコードは一般的にはDだが、それをFにしたところが味噌だとか。その時、兄がポツリと言ったのです。 「泉谷しげるが歌ってた「白雪姫の毒リンゴ」があっただろ。あの白雪姫の毒リンゴが何かいまだに全然わからんもんね」  ちなみに作詞は門谷憲二さんというお方でありますが。出会いから30年以上経っても、そう言わせる詞は、やはり凄いと。それを書いた門谷さんは只者ではないと。つくづく思うのでありました。ただ、1000回は聞き、1000回は歌っただろうぼくには、ぼくなりの答えがあるのですが。  だから、きっとある日ある時、なにげない瞬間かもしれませんが、“8回目の謎”がぼくの中でも、みなさんの中でも解けるのではないでしょうか。いや、10年が経ち、すでに解けている方も少なくないかもしれませんね。  TKがこうした迷宮的な歌詞を書く場は限られているように思います。自らがメンバーに名を連ねるglobeとTM NETWORKだけと言ってもいいような。それ以外の場所では、ロマンチズム、示唆的な言葉、コピーライター感覚が際立っているような。当然、例外もありましょうが、大局としてはそのように思います。  TKは言います。やはり作詞の原点は、TMのデビュー曲「金曜日ライオン」だろうと。その詞もまた、ある種の謎をたなびかせています。TMのメンバーである木根尚登さんが冗談まじりに言いました。 「あの詞の、♪502回目のSaharian Night、だけどさ。もうかれこれ20年も気になってんだよ。なぜ502回目なのよ」  きっと木根さんには木根さんなりの答えがあるのでしょうが、そう言わしめるところに詞の生命力を感じる訳でありますよ。やはり凄い詞であり、やはり作者は只者ではない訳ですよ。  ちょっと横道にそれますが。globeファンの方で、もしもTKがTMで書いた「ELECTRIC PROPHET」を聞いた事がなかったら、いつか耳を傾けてください。 「今からすると、どうしても自分じゃ、稚拙なところが目につくけどね」  TKはそう言いますが、ぼくからしたら、詩人TKの源泉のようにも思えます。  近頃、TK系メロディがやけに耳に残るのは、ぼくだけですか。あちこちの新曲の中に、あからさまに“これTKの影響”と思うものがあったり。しかし、それも仕方ないですか。だって30歳以下のあらゆるアーティストに影響を与えていると言っても過言ではないだろうし。globeを1曲も知らない若手アーティストはいないだろうし。ただ、TKの影響は、もしかしたらメロディよりも歌詞に顕著に現れているのかもしれませんね。その意味でも、まさに詩人なのかも。
Her voice is a gift.
Fri, 14 Jan 2005 18:39:00 -0500

 ぼくはですね、中学1年生の時からギターを弾き始めました。当然、レコード屋(CD SHOPでないところがshake)に足しげく通うようになったのも、その頃。最初は、好きな歌もしくは好きな歌手のどこが好きなのか、なんて事は一切考えませんでした。好きになる事に理由づけなどしなかった訳ですな。ところが、ある日の事。ラジオに出演中の加藤和彦さんが言いました。 あ、ちなみに加藤さんは、60年代はフォーク・クルセダーズ、70年代はサディスティック・ミカ・バンドで活躍された音楽家でして。「あの素晴らしい愛をもう一度」「タイムマシンにお願い」も、近頃テレビCMでもリメイク版が流れていた「家を作るなら」(ナショナル住宅)も加藤さんの作曲であります。また、01年にはスーパー歌舞伎の音楽も担当。J-POP史を語るうえでは、欠かせぬ重鎮でありまする。  その加藤さんが言いました。吉田拓郎と矢沢永吉の声は格別だと。その時が初めてだったような記憶があります。歌における声質の大きさを自覚したのは。そうなんですよ、声は大事。だけど、歌う声質ばかりは、天賦の才能みたいなところもあるし。70年代の昭和歌謡なら平山三紀……。  あ、唐突ですが、KEIKOから聞いた話を思い出しちゃいました。たしか、ファースト・アルバムのレコーディング中だったかな。TKから「今の声、平山三紀っぽいね」と言われた事があるって言ってたような。カラオケで平山三紀の「真夏の出来事」を歌っていたKEIKOは、ちょっと嬉しかったって言ってたっけな。  そんな話をしてくれたKEIKOもまた、声という天賦の才能に恵まれたひとりなのは、言うまでもないでしょう。その声について、TKに尋ねた事がありやした。モノになる声質か否かは、あるレベルを超えたプロデューサーなら、誰しも大抵は一致するものでしょうかと。TKの答えは、当然、でした。  globe結成当時、TKは言っていました。KEIKOの声にブルースを感じると。ぼくにとっては想像力をかきたてられる表現でした。ブルースとは、R&B、つまりリズム&ブルースのそれであります。ちょっと乱暴な言い方になりますが、リズミカルなブルースがR&Bな訳ですね。ポップス感覚のブルースがR&Bと言ってもいいでしょう。ブルースは、アメリカに住む黒人達が作り上げた音楽でして。誕生は、ゴスペルよりも古く、悲しみや哀れ、痛みや嘆きを漂わせるのが特徴であります。興味のある方は、Excite Musicのジャンル「ブルース」を選択し、ダウンロードするのもいいでしょう。  ぼくの解釈ですが、TKが言うところのブルースとは、悲しさや嘆きのようなものだったのではないかと思うのですが。KEIKOの声質には独特のそれがある、と言いたかったのではないのでしょうか。そうそう、そう言えば、KEIKOがこんな話をしてました。メールか手紙かはわかりませんが、“KEIKOさんが悲しそうに歌うところが好きです”というファンの声があったと。強い、明るいといったイメージのKEIKOだけど、歌に関しては、強さの裏にある痛みや明るさを支える悲しさがにじみ出ていると思いませんか。だから、ぼくらはKEIKOの歌から、いろいろな景色を思い浮かべる事ができるんだろうし。このブログの左側にあるTKのコメント中──誰かが彼方にある光の存在を疑いかけた時、「もう1日だけ、今日だけでも、それを信じてみようよ」と語りかけるつもり作ってきたのがglobeの曲です──とありますが、それはやはりKEIKOの声だから表現できたのだと思います。  昨年、TKはこんな話もしてくれました。  「オリンピックとかでさ、メダルを獲った選手が試合前に聞いてた曲が、よくなにかと話題になるよね。そこにもしもglobeが入っていれば、それはそれで嬉しいけど、それ以上に嬉しいのはね、試合に負けちゃった選手が耳を傾けてくれる事。そして、もう1回頑張ろう、もう1日頑張ろうって思ってくれる事」  たまたまオリンピックの話をしている時でしたから、試合や選手という言葉になっていますが、仕事や試験、現実や夢と言ってもいいでしょう。TKのこの思いを乗せるのは、いや、実らせるのは、やはりKEIKOの声以外にないんですね。そんな事を思いつつ、globeを聞き直すと、また胸にこみあげるものがありました。

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